実務家インタビュー

1984年生まれ、埼玉県出身。中央大学法学部卒業。大学在学中より司法書士試験の勉強を開始し、2009年、司法書士試験合格。2010年、簡易訴訟代理関係認定考査合格。
約1年間の司法書士事務所勤務を経て2011年5月、吉祥寺南司法書士事務所を開業。成年後見を業務の中心にしたいというビジョンを実現すべく幅広い分野で活躍中。

「皆と同じ」より、自分のやりがいを大切に

──小松先生が司法書士を目指したのはいつですか。

小松 そもそもは、中央大学附属高校に進学が決まった時、恩師に「中央大学といえば法科。法学部へ行って弁護士を目指すといい」と言われて、附属高校からそのまま法学部に進学したのがきっかけです。中央大学には、伝統的に法曹を目指す「学研連」という司法試験受験団体があって、机やロッカーといった司法試験受験のための環境を整えてくれています。1年生の頃は司法試験を目指すつもりだったので、その入室試験を受けようと頑張っていました。ところが、周りの同級生も一同に「弁護士になる」と言っているので、「みんなが弁護士になってもおもしろくないよね」という話が出たんです。絶対弁護士になりたいという人間が多い中で、私は争って人の悩みを聞くよりもどちらかというと手続き法務のほうが向いていると思ったのが、司法書士を考えた最初でした。

──違った領域の資格を取ることで補い合っていこうということですね。

小松 そうなんです。税理士や司法書士もいる、ワンストップサービスのできる大きな組織が、皆の一つの目標でした。そしてもう一つ、私が司法書士を目指した理由は、当時新司法試験制度ができて、大学を卒業してからさらにロースクールに通わなければならなくなったことがありました。そこまでしてもし司法試験に受からなかったら、その期間は無駄になってしまいます。数年かけても受からないかもしれない司法試験より、受験資格がなく、合格したらすぐに独立できる司法書士のほうがいいなと考えるようになったのです。

──学生時代から独立願望があったのですか。

小松 強かったですね。学園祭でも、何か企画して盛り上げたりするのが大好きでした。周りがクレープやチョコバナナを売っている中で、もっと儲かるものをやろうと、スープ屋を企画したりもしました。試験勉強の合間を縫って材料を調達し、原価と利益も計算し、商品企画からチラシを作って営業もして。ビジネスって面白いんだろうなと感じました。その頃には、サラリーマンになって周りと同じ事をやるより、自分のやった分だけ返ってくる仕事のほうがやりがいがあると考えるようになっていましたね。

──司法試験から司法書士試験に目標を切り替えて受験勉強を始められたのはいつですか。

小松 大学2年の秋からです。Wセミナー(※)の20ヵ月合格コースに入りました。その直前に「学研連」の入室試験があって、試験の前に友人と「この試験に受かれば弁護士、落ちたら他の道にしよう」と話していて、私は不覚にも合格発表の掲示板を見間違えて、受かっていたのに落ちたと勘違いしてしまったんです。「もう司法試験はやめだ」と、翌日Wセミナーで受講手続きをしたら、「小松、なんで来ないの?」と言われて…。でも既に支払いもした後で気合いも入っていたので、「いや、僕は司法書士になるよ!」と啖呵を切ったわけです(笑)。結果的にその時の仲間たちは裁判官や弁護士になったので、「いつかワンストップのサービスを一緒にやろう!」と、飲む度に話しています。
(※)WセミナーはTACのブランドです。

──司法書士に合格したのはいつですか。

小松 2009年、4回目で合格しました。勉強を始めてすぐ、大学3年の時に試験の感覚を掴むために受験したのが1回目で、卒業2年目で合格です。卒業1年目の試験後からはさすがにWセミナーの受講料と生活費は稼がなければと、飯田橋にある司法書士事務所でアルバイトを始めました。そこで出会った同期がその年に合格したので、どうやって合格できたのか聞いてみたんです。すると彼は、「過去問やテキストを読むだけでは応用力がつかないよ」と、Wセミナーの姫野先生の講座を勧めてくれたのです。姫野先生の講座を受けたところ、とても自分に合っていて、たった1年で成績優秀者に名前が載るようになりました。これがモチベーションになって翌年合格できたんです。私が受かったのはその友人と姫野先生のおかげですね。

1年の恩返しの後、独立開業

──合格した年は、どのように過ごしましたか。

小松 試験の3ヵ月前にアルバイトを辞めて受験に専念しました。9月末の合格発表後は、簡裁訴訟代理等能力認定考査の受験要件である特別研修を3月末まで受けた後、2010年4月から以前のアルバイト先の事務所に再就職し、1年間勤務して独立開業しました。

──アルバイト先の事務所に再就職したのはどうしてですか。

小松 とても忙しい事務所だったので、所長に恩返しがしたかったのです。そこは不動産登記で同じ登記をひたすらルーティーンでこなす事務所だったので、1年間それを取りまとめる立場を務めました。所長がとても理解のある方で、事務所を経営するというのはこういうものだと、いろいろと教えてくださいました。今でも一番頼りにしています。

──26歳での独立には、タイミング的に何かあったのですか。

小松 勤めていた事務所の繁忙期を避けて緩やかに独立したかったので、自然に2011年5月、26歳での独立開業になりました。それまで抵当権移転ばかりやっていたので、それ以外の不動産登記、商業登記全般、裁判業務はまったく経験のないまま開業することになったわけです。

──開業時にどのような事務所にしていきたいというビジョンはありましたか。

小松 司法書士の職域は今とても広がっていて裁判の代理業務も一部できるようになっていますが、やはり唯一の独占分野である登記をしっかりやれる事務所にしたいと思っていました。ただ当初は自分でやりたいという思いばかりが先に立っていたので、具体的にこんな事務所にしたいというビジョンはありませんでした。イメージとしては、お世話になった所長先生ですね。好立地に事務所を構え、自分で動くフットワークの軽い先生だったので、そんな事務所にしたいと考えていました。もう一つは、国家資格を有する者の責任として、積極的に社会貢献をしたいという思いがあったので、成年後見をやっていこうと決めていました。

──開業当初の様子を聞かせてください。

小松 ゼロというよりむしろマイナスからのスタートだったので、食べていくことに必死でした。吉祥寺に事務所を構えたのも、実家のある練馬から自転車で通勤できるからです。とにかく経費をかけられないので、営業も自転車に乗って回りました。地元でもないし、学生時代の思い出の場所でもないし、友人・知人もいない、縁もゆかりもない土地です。それでも吉祥寺を選んだのは、司法書士の数が面積比にしたら練馬より少なそうでしたし、駅から徒歩3分で商店街沿いの立地だったからです。そして何よりも「吉祥寺」という町のブランドイメージに惹かれました。名刺に「吉祥寺」と入っていたらカッコいいなと思って、事務所名も「吉祥寺南司法書士事務所」にしました。ただ先輩からは「吉祥寺で開業したのは大失敗」と言われました。確かに吉祥寺は司法書士の激戦区。駅から私の事務所までの間に実に3軒もの司法書士事務所があったんです。

──激戦区の吉祥寺で、最初の1年間はどのように仕事を開拓しましたか。

小松 最初は吉祥寺、練馬、三鷹、杉並、国分寺と、自転車で行ける範囲を回って営業していました。営業先は税理士、弁護士、行政書士、社会保険労務士といった士業の事務所と金融機関。そうした所へほぼルート営業のように、毎月1回訪問します。士業の方は私の思いをわかってくださるようで、行けば会ってくださる先生がとても多く、仕事にならなくても感謝の気持ちでいっぱいになりました。そんな中で最初に受けた仕事は相続登記でした。営業に回った先の税理士の先生がとても良い方で、「大変だね、若いのに」と言って紹介してくださったのです。ただ私は実務経験が抵当権移転のみで開業したので、相続登記は未経験。同期や先輩に聞きながらやり遂げました。その案件で自信がついたので、それからは「相続に強い司法書士です」と言って営業に回るようになりました。

──自転車営業は今でもやっているのですか。

小松 今でもやっています。ただ開業当初とは違って、相続対策セミナーやDM、代行業者による営業にシフトして、飛び込み営業は少なくなりました。おそらく26歳の世間知らずの若造だったから飛び込み営業をしても可愛がってもらえたのでしょう。私の場合は、若い時に開業したことがプラスになっています。

開業1年目は、年間利益60万円でスタート

──開業当初の仕事の状況はいかがでしたか。

小松 会社関係や不動産売買、相続案件と何でもやりました。司法書士会の司法書士無料相談会にも積極的に参加するようにしていましたね。何しろ最初の3ヵ月間は何も仕事がなくて、マイナス掛ける3ヵ月、という状況です。実家に面倒を見てもらって、勤めている頃に貯めた300万円を開業準備資金に充てて、取り崩していきました。開業費が100万円、残りが200万円。月々のランニングコストに100万円かかったらあっという間になくなります。こんな調子で、1年目は利益が60万円でした。売上ではなくて利益です。売上引く経費が利益。経費には人件費や家賃、コピー代が入ります。つまり、人件費込みで年間たった60万円しか利益が出なかったので、けっこうきつかったですね。ところが2年目からは大きく変わり、仕事が安定的に入ってくるようになりました。司法書士は皆さんそうだと思いますが、長くやっていると仕事が増えていきます。私も3年目にはさらに増えました。私は少ないほうですが、同期の中には初年度からかなりの売上を上げている仲間もたくさんいます。

──2年目から仕事が安定してきたということですが、仕事はどのように増やしていったのですか。

小松 最初に仕事を紹介してくださった税理士の先生がルーツになっていますが、営業に回った先で1つ案件を終えると、定期的に次の仕事を依頼されるようになったんです。例えば、最初の先生が紹介してくださった相続案件で相続人の方3〜4人に関わると、その方々から数年後、再びご依頼やご相談の電話がかかってきます。もともと紹介していただいた先はそれほど多くないのに、そこから紹介していただいた先からさらにまた増えるという、雪だるま式ですね。こうして、1人のお客様とのお付き合いから大きく広がっていきました。

──一人ひとりのお客様にきちん対応することで、次に繋がっていくのですね。

小松 そうですね。司法書士の仕事は登記という絶対に失敗してはいけない業務、言い換えれば「絶対に成功する業務」です。登記を成功させるまでに必要なものは、費用と時間、そして手間です。司法書士に依頼するお客様は、手間を省きたい方々です。登記は、やろうと思えば一般の方でもできるのですが、そこをわざわざお金を払って司法書士に依頼するのは手間を省きたいという部分が大きいからでしょう。ですから、いかにお客様に手間をかけさせず、かつ精神的ストレスなくサービスを提供できるかが大事だと思うんです。

──開業当初は「相続に強い」というセールスポイントでしたが、その後業務配分は変わりましたか。

小松 これまで依頼された業務といえば、商業登記では設立登記・役員変更・目的変更等、不動産登記では所有権移転登記・相続登記・抵当権抹消等、会社関係では設立・解散・約款変更等、裁判業務では個人間の貸金の請求等ですね。登記業務の配分で言えば、バランスよく商業半分、不動産半分でした。その中で、相続が増えてきたのは3年目からで、相続絡みの案件が4割を占めるようになりました。相続以外では、会社関係の登記が3割、不動産関係3割、あとは成年後見となっています。ただ私がやりたいのは、先ほどお話したように成年後見です。後見人としてお付き合いさせていただき、その方が亡くなられたら相続登記をして、残されたご家族とお付き合いを続けていく。それが司法書士として掲げてきたビジョンです。公益社団法人成年後見センター・リーガルサポートの研修も受けて、2011年末からは家庭裁判所の後見人名簿に登載されました。現在は成年後見業務も増えて、3件の成年後見を受けています。やりたいことをやりたいようにできる環境になっている気がしますね。

──成年後見をやっていく上で、課題となるのはどのような点ですか。

小松 まず報酬になるかと言えば、なるケースとならないケースがあって、経営的に難しい側面がある点です。もう一つは、司法書士業務は司法書士登録をしていないとできないことが多いのですが、成年後見においてもご本人に会いに行くのも、通帳を持ってお金を引き出しにいくのも、私本人でなければならないのです。そうなると、3件で手一杯になってしまう。これが、大きく広げるには難しい課題だなと感じます。

「司法書士」は将来性のある仕事

──何か新しい試みはされていますか。

小松 相続関係のセミナーを2013年から始めました。金融機関や葬儀関連業務だけでなく、その他の周辺の手続き業務までしっかりやったほうが顧客満足度は上がります。そこで、近くの公認会計士の先生と共同で地域誌に広告を出して集客し、自分たちから声かけをして、「死後の手続き業務まで完結できれば安心ですね」と営業をかけたわけです。セミナーを開いた結果、幸い何社か興味を持っていただいて、お付き合いしていくうちに、定期開催になりました。このセミナーも1年目はとにかく空回りで、持ち出しが多くて苦しかったのですが、2014年から実を結ぶようになり、遺言や相続対策で信託スキームを組むといった依頼がくるようになりました。セミナーは、公認会計士の先生と予定が合う時に場所を選びながら定期開催しています。

──仕事の幅がどんどん広がっていますね。

小松 本当に人間関係に恵まれているなと感じます。司法書士として独立してからも、昔住んでいた埼玉の家の近所にいる知り合いから仕事をいただいたり、小学校の同級生が弁護士になったと連絡があって仕事をもらったり、医者になった友人が医療法人を立ち上げたいと言って相談してくれたり。自分が今まで生きてきた約30年間のお付き合いの中から仕事が広がっているんですね。うまくいっているのは、ひとえにこれまで良い人たちと良い人間関係を築けてこられたおかげです。

──現在、相続関係が増えているということですが、今後の仕事の方向性として何か新機軸を考えていますか。

小松 今、司法書士の職域がとても広がっていて、司法書士法施行規則第31条において成年後見の場合も「財産管理」ができるようになりました。それに付随して「遺言執行」もできるようになったんです。「財産管理」ができるようになるということは、極端に言えば何でもできてしまう。この意味では弁護士と差異がないくらい職域が広がっているので、こうした新しい分野に対応していきたいと考えています。あとは、事務所に司法書士有資格者に入ってもらう時期にきているのかなと思っています。もう少しスタッフを増やして、お客様対応に配慮していくために2015年5月には事務所も移転しました。ただ、事務所を広げてルーティーン業務をこなしていくのではなく、私の目の届く範囲で業務をしたり、お客様にご提案していけるような事務所でありたいと考えています。

──司法書士になって一番良かったと思うのはどんな時ですか。

小松 いくら勉強をしても準備をしても、仕事をさせてもらえなければ、お客様に感謝することも知識を活かすこともできません。やはり今も昔も、仕事をいただいた瞬間が一番嬉しいです。26歳の若造が縁もゆかりもない吉祥寺で開業して、まがりなりにも食べていけるだけの仕事をいただけました。それだけで司法書士は将来性ある仕事だと実感します。司法書士になって損をしたとか、辞めたいなどと思ったことは一度もありません。開業当初の苦労も含めてすべてが楽しく、プラスになっています。また開業したからこそ、多くの方々と知り合うことができました。有名企業の社長、地元の名士等々、もし会社に勤めていたら知り合えなかっただろう大勢の方たちと知り合えただけでも、開業して本当に良かったなと思います。

──開業から、プライベートの変化はありましたか。

小松 一昨年に結婚して、この8月に一人目の子供が産まれます。妻の妊婦検診には毎回一緒に行っていますし、父親学級にも、それこそご近所のパパ会にも参加していますよ。平日も家族と夕食を食べています。出産に備えて車を買ったり、まとまった出費もかさんでいますが、金銭的に困ることはありません。確かにサラリーマンや公務員のような安定はないかもしれませんが、司法書士もやりくりすればプライベートを充実させることができると、今は実感しています。

──開業司法書士は結婚や子育てのライフイベントに、充分対応でき得るお金と時間を持てるということですね。

小松 そうですね。結婚や出産に踏み切れるだけの安定を手に入れることは難しくないと思います。同業の仲間6〜7人のうち4人に今年子供が生まれる予定なのですが、皆まだ開業して1〜2年目です。開業2年もすれば「結婚して子供が生まれても大丈夫」という、充実した環境がプライベートでも整えられるからだと思います。

──それは、これから司法書士を目指そうとしている方にとって大きな励みになりますね。今、司法書士を目指して勉強中の方や、独立したいと考えている方に向けてメッセージをお願いします。

小松 司法書士は独立が大変、あるいは仕事が減っているなどとよく言われますが、言われているほどでありません。少なくとも私の友人関係で独立して経営的に行き詰まっているという話は聞いたことがありません。これから司法書士を目指す方、あるいは今勉強中の方は、ぜひ人とのつながりを大切にしてください。飲みに行ったり、旅行に行ったりする仲間から、仕事は広がるものです。司法書士は業務範囲が拡大している資格です。少しでも「やってみようかな」と思われた方は、すぐに挑戦してみてください。受験で学ぶことは実務に直結しています。一日も早く合格できるように頑張ってください。費やした労力は、必ずあなたに返ってきます。